先日漸く「ER:緊急救命室 VI」を見終えた。シカゴの病院を舞台にした骨太な人間ドラマ。実際には不可能に近いハイレベルな医療技術が主人公達に要求される医療現場において、各人の個性や性(さが)を引きずりながら、自分の出来る限りの努力を尽くす。シリーズ6作目(日本版最新はVII?)。世に充満する不幸や病気に対して、主人公の誰もが革命的に正すために動いている訳ではなく、自分のやれる範囲で精一杯行動し悩む。しかも、主人公達は聖人君主ではない。個性も癖も個人的問題も抱えている。共通するのは、患者を治したいという想いと、簡単には諦めない姿勢。個々人が抱える複数のドラマが一話の枠の中に併走し、見る者に考える暇も与えない構成。
DVDで見たので、日本語で見たり、字幕で見たり、色々な角度からドラマに浸れた。そしてショックを受けた一言にぶつかった。「あなたは病気です」。ERはシリーズが進むにつれて、精神的な病の領域が増えてきている。特に「VI」では、NHKが告知無しに放送を控える程の(しかし見ておかないと話の流れが分からない)話が含まれている。そうした患者に治療を受けるように諭す場面で使われる言葉だ。実は英語では「You need help(あなたは助けが必要です)」という。慣用句であり、深く考えないで使われる言葉だとは思うが、このニュアンスの差に驚いた。
「あなたは病気です」と言われたとき、どこか死亡宣告のような冷たい響きを感じる。「You need help」と言われたとき、そこには「help(支援)」する体制が背後に準備されているイメージを持つ。あなたの必要とする「help」を、私達は充分に提供できます、安心して委ねなさい、というメッセージ。
週末が明けても、「You need help」という言葉が頭から離れない。そして、Webサイトを眺めながら、この言葉が再度浮かんでくる。サイトの構造が全然イケてない。それまでなら「馬鹿じゃないの」と一言で片付けていたのに、「You need help」と呟いてしまう。「駄目」だと烙印を押すだけでは、駄目なんだと気がついた。精神を患う人に自覚症状は無い。自分の状態を正しく判定することは、精神の健全さに依らず難しい問題だ。しかし、何処かに「線」があり、その線を越えた時点で「病気」という領域に入る。それは気付いた人が諭すしかない。それが病気の場合、通常は医者である。ではWebサイトは誰が諭すのだろう。名前にバリエーションはあるが、「Webデザイナ」だろう。
ユーザビリティやアクセシビリティ。漸く日本でも話題になってきている。サイト診断という言葉でくくられる事が多いかとは思うが、アドバイスをするなら、「You need help」的に出していきたいと願う。サイト診断自体についてもいつか触れたいが、今回は作り手や現場を見てみたい。
「help」が必要な状況は、実は作り手の我々の中にも多くある。特定の個人に多く見られる場合もあれば、尊敬する先輩が陥り堕ちていく場合もある。更に、自分自身が陥る場合も充分にある。誰もが自分は大丈夫と言えない症候群を幾つか。
■「あぁ、そう言うこと?」症候群
誤解に誤解を重ねる症状。出された状況や資料を一見して判断する。そして本当の意味とすり合わせ作業を軽視する。思い込みと実態とが異なると分かったときに発する言葉が名前の由来。しかし、この言葉を口にしながら、実はやはり説明を聞いていなかったりする。自分の理解能力が高いと自己評価している人ほどかかり易く、自覚症状は無い。思い込みと実態との差が無い場合には問題にならないが、単に偶然の上に立つ砂上の楼閣プロジェクトの可能性もある。一部、技術用語の不統一(マスメディア)が遠因という気もしないではない。
■「とりあえず」症候群
権限者が自分の判断を先伸ばしにするために頻繁に用い、疑問なく使ってしまう言葉が目に見える症状。発注コストという概念と、その「とりあえず」作らされたものにもかかるコストを計算できない能力不足、そして決断できない優柔不断さが有力原因。症例はシステム系にも多々あるが、どちらかというとデザイン系に多いように思われる。デザイン的な方面に限って言えば、語られた画面のイメージを掴むほどサイトを見回っていない経験不足や、その画面が使われる場面や使い手の抱く想いへの想像力不足も大きな原因と見られる。この言葉を発するときに、自分があたかも偉くなったかのような錯覚を覚えてしまうのも、蔓延の原因か。ちなみにエンジニアの世界では、とりあえず作って微調整していく方式は、ある程度チーム人数が増えた段階で「御法度」とされる手法。しっかり設計してしっかり作るのに勝るもの無し。
■「こんなイメージ、分かります?」症候群
機能的にどのようなモノが必要かはほぼ分かっているのだけれど、「絵」を描くことに躊躇があっていい加減に伝えたがる症状。デザイナが期待しているのは、純粋に「ラフ」であることを理解していない事が発端だと思える。しかし、何ら絵に描かないで何度か設計できたと勘違いしてしまうと、およそ思慮不足な画面「設計」を出してきて、同じ台詞を口にするようになる。きちんと伝えられる形に出来ていないときは、多くの場合実は自分でも整理できていない。また、気配りや勘のいい外注先に当たると、自分で考えることを放棄してしまうことに陥り易い。しかも一旦陥ってしまうと、楽な状況(考えてくれる)から苦しい状況(自分で考える)に戻ることになるので、気の利かん外注だと八つ当たりをする。自分の仕事を見失っている。自己管理の問題か。
■エクセル症候群
エクセルで資料を作ることだけが目的化している状態。エクセルは優れたソフトだが、どのように見られるかも想定しないでシートが山ほど含まれていたり、一望できないフォーマットにぎっしりと数字が書かれていたり、印刷できないほど横に延々と続くファイルをmail添付で送られてきたら、疑ってもよいだろう。会議の場では、決まって、「ここに書いてありましたよね」と書いた人でないと気がつくはずの無い部分を、さも完全犯罪を阻む証拠のように振りかざす。長大なエクセルを読む時間が惜しいと思う現場への配慮も無い。表形式のそもそものメリットは、問題点や長所などが一目で俯瞰(ふかん)できる情報表示方法であることが理解できていない状態とも言える。この場合エクセルは、事実上「見やすい」ために使われるのではなく、「書きやすい」から使われている。そして、情報はたいてい「見にくい(醜い)」状態で配布される。
■自分のタスクだけしか見ない症候群
会議の場や現場で、割り振られた自分のタスクの消化率しか頭にない状態。Webシステムが有機的な繋がりでサービスを提供するものである以上、1箇所だけがどんどんと進んでいく状況は考えにくい。初めから突出した先行型を設計していない限り、システム構築の全工程が螺旋状に少しずつベクトルを変えながら上がっていくのが常であろう。さっさと自分だけアガッてしまおうという姿勢はチームワークにも影響する。部分的に完了したために、そこへの再度の修正コストを考えて、更なるステップを思いとどまることもある。また、回りも見ながら先行している本当の優秀タスクとの見分けは現場に居ないと困難。
■手ぶらで会議症候群
会議に出るのに何も資料を用意しない、会議の場で一言も発しない、自分は評価や判断をする人間であるという宣言にも似た態度、が特徴。会議は意見を交わす場であり、決定を下す場所である。意見を交わすためにはそれなりの準備を何人(なんぴと)たりとも怠ることはできず、決定を下すには烏合の衆よりも少数精鋭である方が効率が良い。語る人間の数倍腕組しているだけの人に囲まれて会議をする場合が時々あるが、さすがに各人の時給計算をしたくなる。往々にして、総額は自分への発注金額より高そうな雰囲気を感じる。この辺りは個々人の改善というよりは、組織的にその大いなる無駄に気がつかない限り改善は難しいと思われる。数年前に会議の長時間化を阻むために座らないで立って行うというアイデア(本)が出されたが、一案かもしれない。現場としては常にヘトヘトなので座りたいが、そうした「令」がでるということは問題意識があるということで、改善の可能性もありそう。
■資料作らせたい症候群
性悪説に立つならば、不幸な者や苦労している者を眺めていたいという人間の性(さが)に由来する。或いは、そのための作業コストを計算できない能力不足。自分が、時間的にも量的にも質的にも、見れない程の資料を要求する。官の世界で受注額とキングジムの厚さとが比例しているというマコトシヤカな噂から出ている可能性もある。短工期高品質開発のための優先順位がまだ見えてこない過渡期の症状であることを願っている。但し、ドキュメントに関してはエンジニア系の方が進んでいて、良いツールは出てきてはいる。しかし、まだ決定打には至っていない模様。根絶には長期的視野が必要だろう。注意が要るのは、必要な資料は存在するという点。必要な資料を必要なだけ作成し易い環境、作られた資料が閲覧しやすい環境が必要。資料無しで引継ぎされたサイトには、頭を抱えるしかない。
■「最初から直すべきだと思っていたんだよ」症候群
プロジェクトの背後から襲ってくるような言葉を平気で言える状態。苦労してリリース直前にボスから言われようものなら、会社を去ることを本気で考える言葉。しかし、本人に罪悪感はないらしい。自分は気が付いていたという自慢げな態度を示せることがその自己満足の原因かもしれない。気が付いていて言わないのはチームの一員ではない。つまずくと分かっている石ころを忠告するのがチームメイトである。この難しさはカリスマが先導していて、本当に気が付いていたのに言えない雰囲気がある場合。共に作り上げていくというモラルの形成がキーだろう。
ERで「あなたは病気だ」と言われて、「はいそうですか」と答える人は今のところ出ていない。Webサイト開発の現場で見られる症例も、注意したところで、自覚して自ら改善に励む人も出てこないだろう。でも、「You need help」と言って、一緒に改善に取り組むならば道は開けるかもしれない。慈善事業じゃないんだし、そんなことやっていられないと思うだろう。けれど、それは自分の優先順位の問題かもしれない。サイト開発か自分のプライドか。
それにしても個々人の能力向上も大切だが、組織としてのベクトルや、まとまりが今後ますます重要になってくる気がしている。
以上。/mitsui"I need help"