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[096] デザインと戦略

「デザイン」に何ができるのかを考える際に、忘れられない言葉がある。日経BP Strategic Web Design Vol.1で、NTTデータ広報部の井上博之氏が2001年3月の自社サイトリニューアル時のインターヴューで答えた言葉:

「コンシューマをターゲットにしない同社のような企業が、ビジュアルデザインにこだわったのは何故か。『新卒者のリクルーティングや個人株主への関心の訴求など、一般の人々に対する関わりも決して避けて通れない』(井上氏)なかで『デザインを核としたウェブ戦略により、企業の知名度とイメージの向上につなげようと考えた』からだ」
「将来像について、井上氏は『機能面を追い続けて陳腐化しやすいサイトよりも、デザインで最先端を行くサイトを作り続けたい』と語る。そこには、『ウェブサイトのデザインやイメージを、テレビコマーシャルやポスターなど他のメディアにも展開していく』という次のステージの構想も見えていた。」

当時、企業サイトの目的は、まだまだ企業側からの情報発信の窓口や、Webサイトを持っていなければ恥ずかしいから、という積極的ではないものが大部分だったと記憶している。しかし、この広報担当者は、もっと違う次元で目的を持ち、そのために「デザイン」を用いた。

このサイトの特徴は、その当時にFlashにできることを集約したようなサイトだった。未来的な画像が軽快に動き、画面上にマウスを動かすだけで、少し未来に行ったような気にさせる作り。最新情報などのテキスト情報は、少なくともXMLで管理していて、メンテナンスも容易なのが一目で想像できた。

このインタヴューで語られている言葉の私にとっての要点は、二つ。先ずは、情報を作り手側からの視点ではなく、受け手がどのように受け取るかを主体に考えること。そして、エンジニアリング(プログラミング)とデザインという二つの武器を表裏一体のように活用すること。

企業の「現状」の情報提示を、人はどう受け取り、記憶するのか。テキスト情報としては同じでも、「演出」一つで重みは変化する。他より重く印象付けられた情報は、その受け手の行動に影響を及ぼすだろう。そこが計算されている。

このリニューアルの「効果」を「数字」で示すことは、私にはできないが、予想として言えることは、一番敏感に反応したのは学生だろう。将来に夢を描く学生の心を捉え、「訪れるべき企業サイト」として上位に位置付けられていたことは想像に難くない。

企業の「現状」の情報提示をする方法に一工夫することで、「将来」を担う人材を集められたとしたら、このサイトの開発費はその「投資」としては非常に効率的なものと言えるだろう。このサイトはその後最低でも二回リニューアルをしている(二年毎のサイクルか?)が、毎回心憎い演出と情報鮮度や演出鮮度の保ち方が見事だ。

表裏一体の方も、唸らされた。「陳腐化」という言葉が、Webサイトが時間とも戦っていることを如実に示している。Webサイトはオープンと同時に、様々な波に飲まれていく。単純な時間経過、見慣れていくことによる情報劣化、見慣れていくことによる学習効果、時代のトレンドとのズレ、類似デザインサイトの出現。

一度良いものをオープンすれば済んでしまうのではない。サイトのオープンは次のリニューアルの入り口でしかない。そうしたことの対策を考慮しつつ、最先端を進んでいくのだという覚悟が言葉に表れている。

そうした継続される「戦い」を、デザインを用いて挑戦していると感じさせるキャンペーンがある。日産の「SHIFT_interior」。

元々、日産はデザインを統括する常務を擁し、デザインとブランドの関係について、多くのメッセージを発信しているデザイン先進企業でもある。

「インテリア」をキーワードに展開されているこのキャンペーンは、その名の通り、車のエンジンに手をかけていない。既存のラインナップに、特注の内装を施して、車好きの層の心を掴もうとしている。高品質な内装を見ているだけで、そろそろ次の車検を意識している私の心は揺れてきている。

エンジン設計部隊を温存し、デザイン設計部隊を活用し、そして工場生産部隊をフル活用。デザインをエンジニアリングの化粧直しのように考えている人達からは、決して生まれない発想だと思う。

デザインとエンジニアリングを、表裏一体、あるいは正に車の両輪のように活用することで、ブランドを高め、常に市場にアピールし続ける体制が存在する。

前出の井上氏の台詞を少し変えてみよう。「機能面を追い続けて陳腐化しやすい『車』よりも、デザインで最先端を行く『車』を作り続けたい」。日産の経営陣がこのように考えているかどうかは分からないが、そうであっても不思議ではない(もっと深いのでしょうが)。

デザインが貢献できること。Webサイトで言えば、「使い易さ」。これが徐々に大きな付加価値と認識されつつある。まだまだ大勢は、お化粧直しや見栄えのアクセント位にしか思っていない。でも冷静に見渡せば、戦略的なWebサイトはやっぱり増えている。

システムにデザインを活用しないことは、野球を投手力だけで勝とうとするのに似ている。相手打者を封じ込めれば、負けはしない。しかし、それだけの投手を維持するのは非常に大変なことだ。投・打・守の3つが有効に絡み合ってこそ、チームとして安定した強さを持てる。

デザインが経営戦略と結びついた結果、大きな価値や力が生み出される例が増えてきた。理系と文系という二元論が崩れていったように、デザイナとエンジニアという二元論が崩れる日も近いのかもしれない。

デザインの価値が徐々に浸透し始める時代、無意味なイサカイの横を、デザイナもエンジニアもマネージャもツールの分野でも、一部の先駆者が「お先に」と先に進んでいる。そう、未来を見据えて、正に戦略的に。

以上。/mitsui