いままでのコラムの中で一番反響のあったのは、2005年の初めに書いた「Web 開発の今後(No.77)」。この業界の行く末を余りに絶望視しているようで、 実はタメライながら書いた。が、何人もの方から共感したという趣旨の話を聞 き、現状認識がずれてなかった事で、逆に反応に困ったことを覚えている。
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あれから約一年。当時は、この業界の行く末に、あまり光を感じない状態に陥 りながら書いたのだが、その歩みはどうだったのか。結論から書くと、私はか なり希望を持って、この2006年に突入している。
景気の上昇を肌で感じているわけでも、深夜作業が減っているわけでもない。 技術が固定化されてきて、持っているノウハウだけで事足りるわけでもない。 日々新しい技術は生まれ、知るべき事柄は増加するばかりだ。あまり目の前の 「状況」は変わっていない。
でも「流れ」が変わってきた。低賃金重労働が品質や安全性に響いてくるとい うことが、言い易くなっている。それも二つの方向で。一つはシステム(クラ イアント)の側。もう一つは作り手の側で。
前者は、皮肉にも巨大な損失からの教訓だった。巨大システムの信じられない 問題が多々起こった。誤発注の問題などは、システム開発に関係する人ならば、 誰もが他人事とは思わなかっただろう。日本中の、いや世界中の、システム関 係者が、いつ自分に降りかかる問題かと、悪寒を感じたはずだ。
そして、ようやくシステム投資の意味合いも、再考の場に乗せられつつある。 「ブラウザ」という文化の生んだ、「安ければ(無料に近いほど)何でも良い」 という、ある意味無節操な感覚が吟味されるようになって来た。
回り続ける歯車には、それなりの油をさし続けなければ駄目なんだ。そんな当 たり前の結論がまじめに話せるような雰囲気が生まれている。僅かな節約が、 莫大な損害につながることの体験と、陳腐なモノをお客様にお見せしていいの かという自問が、その背景にある。
そして後者では、作り手側が継続的ビジネス展開の話を真剣に考え始めたとい う点。私が知り得た中で一番嬉しいニュースは、「新卒採用」である。この業 界にはまだまだ新卒は少ない。卒業したてでこの業界に入っている者は多々い るが、それは学生時代から半分それを生業にしていた人たちであり、いわゆる 「新卒」とは趣が異なると思っている。事実上の即戦力だ。
「新卒採用」とは、大学生に求人をかけ、ある程度の教育期間を考えながら、 即戦力ではなくジンワリと自社のコア人材を育てていく戦術である。同時に、 その人たちの人生に対する責任を少し負うことも意味する。真っ当な経営者な ら、新卒を採って直ぐには解雇も会社を潰すこともできないと覚悟を決めてい るだろう。浪花節流にいえば、「親御さんに合わせる顔」も気にするはずだ。
幾つかの企業が、しかし大きなところが、新卒採用を始めているのを知った。 中途採用は、少々のことなら自力で流れ暮らして行けるが、新卒はそうではな い。多少甘いかとも思うが、私はそうして育てられたので、そうして育てるべ きだと信じている。新卒採用をしていると語る会社の経営層は、どこかはにか みながらも鼻が高そうでもある。そんな仕草にも乗り越えた壁の高さが見て取 れる。
少し状況が変化しつつある今、まだ全然楽にはなっていないが、苦しい時代の 意味を考えている。B2Cであろうが、B2Bであろうが、「コミュニケーション」 が生み出す価値は、企業にとって必要不可欠なものだろう。ならば、さっさと もう少し楽なステージに上がっても良いのにと思うが、そうならない。
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聖書の中で一番有名な話と思うが、紅海が二つに裂かれ、モーセ率いるイスラ エル人がその間を進み、エジプト軍から逃げおおせるという話がある。実は、 この話には、全然ハッピーエンドに思えない続きがある(出エジプト記)。
はしょって書くと、信仰と神の業とによって救われたイスラエルの民は、すぐ さま別の神を拝むようになる。「十戒」という神からの戒めを与えられるも、 モーセ自身がそれを叩き割ってしまうほどの怒りを買う。そして、約束の地に 向かっての長い旅が始まる。40年。気の遠くなるような時間をかけて、民は 様々なサインを見せられながら荒野(あらの)を進んでいく。
その荒野での40年の意味は何か。不信仰な者達がいなくなるまでの時間と解釈 されることがある。相応しくないものが消え、約束の地に入るに相応しい人選 がされた、というのである。
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Web屋の重労働低賃金の時代を、この荒野での40年と捉えるのは、余りにこじ つけだが、似ている点もなくはない。今、Webデザインという業種に群がって いた、金の匂いだけを好む人たちは明らかに減少している。作る対象に愛情を 持たぬ者たちが退場している。ある程度の環境整備費がかかるこの業界で、人 の技能管理もしながらモチベーションを高めなければならないこのビジネスに、 あまり旨みはない。
Webが好きでしょうがない、いいものを作り続けたい、という原点がしっかり していないと、どうしても経営が揺れていく。叩かれれば、ページ単価500円 などという専門性の解釈のしようのない価格帯にさえなりかねない状況である。 確たるビジョンや戦略がない限り、ビジネスとして成立しようがない。
かくして、「本物」が生き残りをかけて動き出している。大手が軒並み雇用拡 大を謳いだした。雑誌に載せられた大きな求人広告に、人材を求める意思と緊 急性が垣間見える。
バネが大きく飛び出す前に、圧され軋む音が聞こえるような状態。この時期を どう過ごしたかが試される時代に突入しようとしている。2006年。決して楽は できそうにないけれど、本当に求められているモノを作らせてもらえる状況と 体制が、整える努力をしてきたところには整いつつある。
本当に喜ばれるWeb、本当に使われるWeb、本当に努力しがいのあるWeb、本当 に自分達の「資財」や「志財」が問われる場。そこを目指して、少し薄明かり の射して来た中、この荒野を抜けて行きたい。
以上。/mitsui
ps.お久しぶりです。今回はまず25回ということで再開です。また生意気なことを 書き綴ります。Webへの熱は全然冷めてません。よろしくお願いします。