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[154] iPad狂想曲、頑張れニッポン!

どちらを向いてもiPadやiPhoneの話ばかり、おまけに来週はWWDC。漏れ伝えられている情報が多いけれど、やはり世界中が林檎色に染まるのだろう。

▼Apple Worldwide Developers Conference 2010
http://developer.apple.com/wwdc/events/

大きいだけとは言えぬ新しいUIを見つめながら、今までの情報操作の是非を問う。ブラウジングする行為を見つめる。情報を得るためにしなければならない操作の無駄さ加減を考える。本当に効率よく情報にアクセスできていたのか、と自問する。

綺麗にデザインされた、あるいはチューニングされた情報は見やすい、伝わりやすい。bAで学んだことの一つは、デザインするとは制約整理をすること。自由にする方向ではない、逸脱するものを制する壁を、如何に邪魔にならぬように、かつ気が付かないように張り巡らせるか。そこの巧さにスキルが現われる。

▼[bA] Business Architects Inc.
http://www.b-architects.com/

熟練したエンジニアが書く、プログラマコードに感嘆したのも思い出す。そこでそのように制御するのか、罠のようにユーザのデータの動きを漏れなく拾う。その巧みさを美しいと感じた。単なるインデントされた文字列を何時間も凝視しながら、いつかこんなコードを書けるようになりたいと夢見ていた。

美しさへのアンテナは、美しくないことへのアンテナにもなる。小さいことで言えば、壁にかかっている絵が左に5mm下がっていても気になる。最初は自分の目の錯覚かと疑うが、気になりだすと、他人の家でも、なるべくさりげなく近寄って修正したい衝動に駆られる。

多分そういった日常生活も含めた感性スパイラルが、少しは自分の感覚も磨いてくれたのではないかと思う。同時にもっと磨かれておけば良かったと反省する。もっと集中して更に深みに入っておくべきだった。そうすれば、今違うように物事が見えるような気がする。

時間をかけられなかったことではなく、集中の度合いだとも思う。与えられた時間にどこまで集中してきたか。一を見て、十を知るというのは、そういう事なのかとも想う。革新的なUIやデバイスを考案できるのには、きっと普通の人には見えないものまで見える眼力があるんだろう。

iPadを綺麗なタブレットと認識すれば、同じようなコンセプトのデバイスは他にもあった。電子書籍と思っても同じだ。でも、これほど熱望され、愛されるムーブメントを起こせたものはない。かろうじて思い出せるのは、やはりSONYのウォークマンだろうか。今ググれば、脳内印象とは違う残念感は否めないが、当時はあれが格好良くて、ロゴが輝いて見えて、欲しくてたまらなかった。

ウォークマン - Wikipedia
http://bit.ly/aPiny

きっと、人とは異なる眼力があれば、こうしたものを作れるのだろうと思ってしまう。だから、研ぎ澄ましておくべきだったのだ、感性を。こうした時代に活かすべき武器を。そうすれば、何かしらそうしたワクワクするプロジェクトに参加するチャンスが増えた気がしてならない。

しかし、と考える。ウォークマンを思い出すと、特に、ちょっと待てよと声がする。これが日本製でないことに、腹立たしく思っている人はどれほどいるのだろう。何もかもが海の向こうからやってくるじゃないか。別段、国粋主義ではないけれど、かつてのモノ作りニッポンの栄光は遠い記憶なのか、それともそもそも幻想だったのか、と思ってしまう。

自分が快適になることと引き換えに何かを失っていないのか。満足してしまうことで、何かに対する視力を失ってしまうのではないかと想いがよぎる。ピノキオが快適な遊園地から離れられなくてロバになっていく姿を思い出す。

▼mitmix@Amazon - ピノキオ スペシャル・エディション[DVD]
http://astore.amazon.co.jp/milkage-22/detail/B001RPFHV4

先日、よくコンペで出会う競合会社の社長さんのお話を聞けた。100名以上を前にして、Blogをやっている人に挙手を求めたら、僅かに数人が恐る恐る手をあげるような状況での講演。それでも、使い勝手の追求で売上向上を狙うといったことがテーマのセミナーである。

そこで語られた事例は、Amazon、AppleやGoogleなど。いまやそうそうたる大企業である。Appleが時価総額でMicrosoftを追い抜いた数日後のことだった。

▼ついにAppleがマイクロソフトの時価総額を追い抜く、iPhoneが躍進に大きく貢献 - GIGAZINE
http://bit.ly/ajycTV

ただし、この成功事例の理由を、それぞれの会社の強さに求めはしなかった。結論は、「強い会社が勝つ訳じゃない、変われる会社が勝つ」。様々な試練の中で、どのように頑張り抜いたか、そのためにどれ程の自己変革を行ってきたのかを熱弁した。そして、それは彼らにしかできないことではなく、集中と選択を正しく行い、何かを徹底的に行い、何かを捨て、利用者の利便性を高め、自分達の強みを強めていったプロセス、いわば当たり前のプロセスだった。

Blogを実際に行っている人が殆どいない、実のところネットから離れていると言っても過言ではない人たちに向かって語りかけた熱い想い。言葉としては出てこなかったけれど、沈滞感とか行き詰まりを感じている暇があったら、自分達のビジネスを見直して、大変革を施して、大変身して元気な会社になろうよ、と叫んでいるかのように見えた。

いいモノや、凄い会社に圧倒される前に、凄い会社になろうと思うこと。覚悟を決めること、実行すること。そしてそれはそれ程凄い才能が必要なわけでもなく、単に変わっていくんだという覚悟だけだったりするのかもしれない。

頑張れニッポン!

頑張れ! > Web屋

頑張れ! > 俺

以上。/mitsui

  • 電子書籍が頭から離れない。5年後10年後の自分の本棚を想う。
  • iPadは貧しくて買えません、まだ。
【日刊デジタルクリエイターズ】 [まぐまぐ!]